主観的な世界で客観的観測はどこまで真実に迫ることが可能か―あるいはマイナス1という実在
先日あるSNSでお付き合いのある医大の教授が奥様から「あなたは頭がおかしい」と言われたということを書かれてました。その方は仕事で日本中はおろか世界中を駆け回っており、国内ならばかなりの距離でも日帰りというパターンがけっこうあるようです。朝にはこれから~~(結構遠い場所)で仕事ですということを書いておられ、同日の夜にはこれから帰宅ですというようなことを書いてらっしゃるわけで、こりゃすごいなと私も感心しておりました。奥様も別に侮辱としておっしゃてるわけではなさそうですが。
上記の教授とは状況も立場も違うのですが、私も幼稚園くらいの頃から身内に始まり果ては気心の知れた友人に至るまで周囲の人間におかしな子と言われたもんです。当時の私としてはそれが褒め言葉だと思ってちょっと照れたりして見せてました(ノ´∀`*)
彼らから見て私の「おかしさ」は彼らが思う基準を適用した相対的なものであって、ならば必然的に彼らの性質も私から見れば「おかしい」ということになります。
photo by NASA Goddard Photo and Video
そんなことを思っていると先日読んだある記事のことを思い出しました。光子の行き着く先というのは物理学者にとって非常に関心のある領域であるようです。光子というのは非常に特殊な粒子であり、その正確な位置をつかむことは出来ないといわれています。その結果、光子が未来に到着する場所も分からないということになります。いかにも好奇心を掻きたてる話ですが、量子力学の世界ではハーディーのパラドックスというものがあり、実際に観測不可能なものを議論の対象にしても無意味であるといういわば「開かずの間」が存在します。それは神の選択であり、触れてはならないというわけです。しかしイスラエルの物理学者アラハノフによって提唱された弱い量子測定によればその観測が可能なのではないかという考えも出てきていたようです。そして最近それが現実に観測されたというのです。ざっくりと要約しますと、進路が二つあるとして、進路を選択する以前の光子はどちらのルートを選ぶかは定まっておらず二つの選択が重なり合った状態で存在します。その後、神様がさいころを投げるようにどちらかが選択され、選択されなかった他の一方は消滅するというのが量子力学的には定説だったようですが、なんと選択されなかったルートにも光子が通過した痕跡が観測されたというのです。両方のルートは選択されていたのです。
【物理学】「量子の”開かずの間”をのぞき見る」 干渉計の中の光子をそっと覗き見ると,ある場所にやってくる「確率」がマイナス1になった。常識に反する現象が実際に観測された。 http://t.co/COc9WgQOWx 【別冊日経サイエンス186実在とは何か?】 #量子力学 #科学
— 日経サイエンス (@NikkeiScience) August 7, 2013
選択されなかったのではありません。選択された上で結果が目に見えなかっただけなのです。
量子力学では,時間発展の途中で物理量を問うことが困難である.ハーディー(L.Hardy)のパラドックスはこれを顕著に示した例だが,パラドックスに陥るのは,実際に測定できないものを議論しているからだと考えられてきた.測定自身によって時間発展が乱される為,そもそも検証ができないのだ.ところが,近年アハラノフたちによって弱い量子測定が提唱されて以来,時間発展を乱さずに測定はできないという反論が必ずしも正しくはなくなった.我々は弱い量子測定を用いて実際にハーディーのパラドックスを観測した結果,測定器がパラドックスを反映した値を示すのを確認した.この解説では,弱い量子測定と我々の実験結果について説明する.
これを読んでくれた皆様がマイナス1の存在が切り捨てられない美しい世界を、鳥の歌やせせらぎが聞こえる清々しい朝を、迎えられますように。
こりゃそのうちアキレスが亀に追いつけないことが観測されたりしてね。
▼「世界で最も美しい実験」をヴィジュアルで収録!(左)アキレスと亀についてはこちらで詳しくどうぞ(右)
▼今日のひまつぶし
▼これがケーニヒスクローネ。おいしくってシャレオツ。