ゆめ見るディオスクロイ

メビウスの輪を旅するアドヴェントカレンダー

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自治会的な、あまりに自治会的な


昼と夜の境界線がはるかかなたの空にくっきりと描き出される時間に子供たちが元気よく遊びまわる声を聞くのは日常的なこととはいいがたい。

普段ならば、子供たちはもう夕飯を済ませてアニメを見ているか、あるいはお風呂に入って一日の終わりの予感に包まれていてもいい頃だ。

しかし、町内のお地蔵様に多くの提灯がつるされ、恐怖にも似た幻想的な景色がいつもの通りに存在するとき、子供たちの生活サイクルもまた、その幻想の中に含まれていく。

いつもと違う夜の始まりに子供たちのテンションはいやおうなく上がり、周囲は異様な熱気がこもっている。

時は夏、しかも夜。さもありなん。

私にもそういう頃があった。

もちろん、私自身の受信機はもはやその幻想を受信することはなく、単なる日常の範囲に押しとどめるに十分な理性を持ち合わせている。

子供たちは、けれども、いま私の目の前でまさに幻想のなかを非日常として駆け回っているのだ。

そして私は「子供たちが非日常を体験している」という現実を認識することは出来る。

そこに郷愁が存在し、立場の異なる者たちが同一の対象をそれぞれの立場で愉しむというよさがあるんじゃないかな。

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